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2007年10月29日 声優 野澤 那智 様 滝沢 ロコ 様 |
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| 「いじめを苦にみずから命を絶った子どもたちの遺影のそばに、ひごろわたしたちが演じているアニメキャラクターのぬいぐるみが飾ってあるのを見ると、いてもたってもいられません。子どもたちのためにわたしたちにもできることがあるし、やらなくては、という思いです」 昨年秋、いじめ問題が日本中に吹き荒れていたころ、支援センターに訪ねて来てくださった、滝沢ロコさんをはじめとする日本俳優連合のみなさん。あれから半年、今回、絵馬展会場での群読というかたちでのコラボレーションが実現しました。野沢那智さんをはじめ約20名ものみなさんが日替わりで、芥川龍之介の「杜子春」を効果音や背景画(もちろん手作り)を交えての群読は、つめかけた会場のみなさんにひとのあたたかさや親子の情愛など、たくさんのものを残しました。 群読の余韻もさめやらないなか、絵馬展会場で野沢那智さんと滝沢ロコさんにお話をうかがいました。 |
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ごくろうさまでした。満足な会場ではないのに、ほんとうにすばらしかったです。
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滝沢: こちらこそ、ありがとうございます。ほんとうに実現し、お役にたててうれしいですね。今回、理事と若手を中心にやらせていただきましたが、とくに若手のなかには自分も子どもの頃いじめられていたという俳優もいて、すごく勉強になったと思います。 野沢: 「杜子春」を選んだのは、いまの世の中にいちばん欠けている「ヒューマニズム」をわかってほしかったからです。拝金主義や利己主義がまかりとおり、「自分さえよければ」という風潮に歯止めがかからなくなってしまった。お金のためなら、親でもなく子でもない。とにかく、わが子だけはいい大学へ行ってほしい。弱者をいたわる必要もない。そんなおとなの姿をみていたら、子どもがまっとうに育つはずはありませんよね。 結局、子どもたちの非行やいじめもみんなおとなたちがつくりだしたものだと思いますね。そういう意味では、まずおとながみんな反省すべきです。そう、政治家も経済人も俳優もみんなです。だって、いまの社会をつくってきたのはわたしたちすべてのおとなですから。 フィクションでどこまでわたしたちの思いを伝えられるか、ということはありますが、なにもやらないよりやったほうがいいに決まっています。 |
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「杜子春」のテーマである親子の情愛がひしひしと伝わってきました。ほんとうにプロのみなさんはすごいと思います。
滝沢: わたしたち日俳連の様々な役者が寄り合って、出会ったみなさんにひとつの作品をお届けする、これがあたたかさだと思います。たとえば、スター俳優がひとりで読むというやり方もあり、それも良いと思いますが、やっぱりたくさんのおとなが子どもたちを思って、時間を割いてみんなで演じるということに意味があると思います。 今回、顔の見えるところでダイレクトにみなさんにわたしたちの思いを届けることができ、感謝しています。 野沢: 役者って本来、みんな運動が好きなんですよ。ちょっと古いけど、安保反対のときは国会に向かってみんなで運動をやりました。その時代の風に敏感でなくては、役者なんかやってられない。安保の挫折感から、なげきもあったし、反省もあったけれど、その後、ぷっつりと社会参加をしなくなってしまった。 でも最近、こうしてまたみんなで集まって子どもの問題に向き合うようになったのはうれしいかぎりです。これからもっと、自分たちでできる社会参加の道を探っていきたいですね。 |
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おふたりの子ども時代についておうかがいしたいのですが。
野沢: ぼくは江戸っ子ですが、呉服問屋の多い人形町育ちで、クラスにはそうした問屋さんの大金持ちの子どもからバラック住まいの極貧の子どもまで一緒にいました。ぼくは、隆直次郎という大衆作家の息子でしたが、その父が早くに亡くなり、母が3人の子どもを育てた。もちろん、お金がない。小学3年から中学3年くらいまで、お金のないつらさをいやというほど味わいましたね。野球したくてもグローブがないし、のり一枚だけの弁当も恥ずかしくて隠して食べていた。いじめられもしました。 でも、そんな弁当を食べながら「なんとかしてひとかどの人間になろう」と心底思いましたね。「負けるもんか」とね。その強さは子どものとき、うえつけられた。そのときの思いがあるから、いまがある。 滝沢: わたしも神楽坂生まれの江戸っ子です。やっぱり、持っている子と持っていない子がいて、わたしも欲しくても買ってもらえない子どもでした。祖母が病気で、酒癖の悪い父と、いつもバタバタ走り回っている母。学校にきれいなブラウスを着てくる子がうらやましかったですね。 でも、なにも買ってもらえなかったけれど、母はひまをみつけては本を読んでくれたり、話をきいてくれたりしました。いま思えば、わたしをかわいがってくれる母の愛があったから、なんとかやってこれた。どんなものより、親の愛情は勝ると思いますね。 |
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わたしは、じつは野沢さんの大ファンでした。学生時代に見た「太陽がいっぱい」に魅せられて。あのアンニュイな雰囲気がエキゾチックで。
野沢: ははは、アラン・ドロンと比べるとぼくは男前でないから、あまり人前に出ないようにしてたんですよ(笑)。今年17年ぶりにあの映画を吹替えなおしました。台本も新しく翻訳されよりサスペンス性の強い映画になりました。 滝沢: わたしは、アンパンマンのミミ先生や忍たま乱太郎のおりんばあさん、ちょっと前はクレヨンしんちゃんの保育園の副園長先生役などをやらせていただいていました。 |
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我が家の子どもたちが毎回、楽しみにしていた作品ばかりですね。
これからの抱負など聞かせてください。 野沢: わたしはもともと演出家なんです。だから、ひとりでも多くのすぐれた役者を育てたいですね。女優の戸田恵子も高校卒業から12年間、しごきまくりました。彼女はめげない女性で、いま大活躍していますが、私の余りにきついダメ出しに頭にきて稽古場の床に思い切り穴を開けていました。 役者を育てるのも、子どもを育てるのも同じです。テクニックだけではダメで、人間としても大きく成長してほしいですね。 滝沢: わたしの一番の願いは戦争のない社会をつくること。父が南方に戦争に行ってまして、その手柄話を子どものわたしにもいつもしていました。わたしにはもちろん戦争の経験はありませんが、父の話を毎晩聞かされていたためか戦争の記憶があるんですね。悲惨で、悲惨で・・・・それが一つのきっかけで十年ほど前に、「平和の語り」をはじめました。この夏はイラクやボスニアの子どもたちが書いた手紙を中心に構成した作品を上演しました。戦争の一番の犠牲者は子どもたちですから。 また、今回こうして一緒にできたことで、言葉では言い表せないほど得たものがありました。みなさんの活動にエールを送りつつ、これからも日俳連だからこそできる協力をさせていただくつもりです。そしていじめや戦争のない社会をつくっていきたいですね。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 |